ひゅうぅぅぅぅ〜という音が町内を巡っていく
そんな木枯らしの音が嫌いなお登勢だった
冬が間近くなった頃から寝込んでいたおっかさんが
息をしなくなっていたのに気づいたのは丸一日なんにも食べていなくて
とうとうおっかさんを揺すって起こそうとしたときだった
同じ長屋の貧しいみんなに助けられてどうにかお寺に届けを出したものの
二日だけ置いてもらった長屋のひとりぼち
一晩中鳴いていた木枯らしの音が幼いお登勢を脅しているようで
心底心細さを刻み込まれたのはもう二十年も前のこと
それから世間のみんなに助けられたりだまされたりしたけれど
どうにかいっぱし女ひとりで飯屋の常雇で生きていけるようになった頃
まっすぐ自分を見ている与平という男の言葉が心助けに思えるようになった
思いがけずこのしもた屋を見つけてくれて与えてくれた男のなにかが
何度も閨を共にするうちにだんだんぴったり形に合っていったのが
いつしか愛おしく懐かしく心がほどけていく自分に不思議を見つけたお登勢だった
そんな与平は今の女房への気兼ねも忘れず三日に一夜だけの訪れで
あいつにも苦労を掛けたんだから二日はあいつに一夜はお前で勘弁してくれと
律儀に頼む男のそこもお登勢の気性に合っているのだと思う
この家は玄関を入ると左に上がり框がありそこが四畳半の部屋になっている
以前の持ち主は来客などはそこで応対するようにしていたようだが
今は来客などありもせずその奥の台所での煮炊きと一人のときの食事場で
それから襖の向こうが八畳の座敷になっていて与平と一緒の夕餉や寝所に使っている
最初この家に来たときは八畳の座敷がとても広く見えてお登勢は嬉しかった
飾り職人だったお登勢の父親は客から預かった高価な簪を紛失してしまい
雇われていたお店を出されてしまったのが不運の始まりだった
良くない評判の立った職人を雇うお店は無く、うらぶれた長屋に母娘を置いて姿をくらまして
母のおみつはそれでも亭主の戻ることを信じて針内職で糊口をしのいでいたが
そのうち身体を壊して床に就くことが多くなりやがて伏せたままになって死んでしまった
物心がついた頃には母と二人の四畳半一間の長屋暮らしに慣れたお登勢にとって
八畳の座敷はどこに身を置いたら良いのか気に掛けるほどの贅沢な暮らしに思えた
小さいけれど庭のある眺めも心を伸びやかにしてくれたし
与平が月に一度運んで来る暮らしの賄金もお登勢にとっては充分なものだった
ひとつだけ心を脅かすものがあるとすれば与平がこの家に通わなくなることくらいで
こうして冬の気配が身近になり表を通り抜ける木枯らしの音が聞こえると
お登勢の心中に押さえようもない不安が湧き上がり耳を押えたくなって
明日は与平の来る日だがそれまでは慣れた四畳半の一人床で不安を堪え寝てしまおうと
そぞろ夜具を取り出すお登勢だった
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