2021年09月07日

「BC1万年戦記」単独ブログに移行のご案内

時代設定を、紀元前1万年の戦記物語として、書き始めて4ヶ月半が経ち、物語が短編では収拾がつかないことが判明しましたので、新たなブログ小説サイトとして独立させる踏ん切りがつきました

新しいサイトでは、挿絵を挿入し、文字サイズを大きくすることにいたしましたので、ジャミカルの物語にご興味をお持ちの方は、ぜひ、新サイトをご覧頂ければと、願っております

とりあえず、私の執筆している関連サイト「熟年超人A」「ランボー超人B」「ショートショート単誕譚」そして、この「リトルポンド図書館」にリンクを貼りますので、そちらからお越しくださいますよう、お願いします

ということで、リトルポンド図書館に掲載していた「BC1万年戦記」は削除し、本来の様々な小作品サイトに戻しますので、よろしくお願いいたします

作者/熟年超人K
posted by 熟超K at 16:46| Comment(0) | 時代小説

2021年03月02日

全(員)集中!!

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この場の(ほぼ)全員の視線が

エンタティナーと子どもに集中しています!

ひとつになれた心はどんな奇跡を生むのか?

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posted by 熟超K at 14:53| Comment(0) | 時代小説

2020年11月29日

男女男の物語 結之編

〜走馬灯〜
あぶっ…と思わず出た声を聴いたのが、音を聞いた最後になった
体が宙に浮いて、踏ん張るものが無くなったとき、心が自由になった
空の青の中を、白い細い雲が幾筋も流れていて、子どもの頃見たことがあるなぁ、と誰かの呟く声がした
若い頃なら、屋根から落ちても、体勢を変えて大怪我しなかったのに、今はそうする気も失せて

落ちて行く男の脳裏に、よく泣き、しょちゅう怒って、ときどき笑っていた女の顔が浮かんだが、すぐに消え
がっしりした男の藍色の印半纏の背中が甦り、それがおっとうだと、くっきり分かっていた
肩車と、祭りの縁日で握った掌の厚みと、たま〜に擦りつけてくる髭の痛さが、おっとうの全部だった
夏のある日、大声で怒鳴り合った後、姿を消して、そのまま十年経って、おっかあもこの世からいなくなった

独りで暮らしていた男が、若い女と知り合い、子どもが出来てからの賑やかな日々のその果てに
走り回れるようになったせがれが、喋った声の記憶だけを残して、近くの川で溺れて死んだ
それで心が虚ろになった女と暮らした季節が、二回り半を数えた寒い朝、女は涙を溜めた顔のまま死んでいた
近所と仕事仲間が出してくれた弔いの後、独りの夜を重ねて、世間が正月を迎えるのを見て男の心は凍った

酒と博打で身を持ち崩し、誰にも愛想をつかされて、自分の心も荒み切り、住む場所を離れて旅に流れた
そんな旅路の果てに、やっと気の合う仲間と住い、そのうち出逢った女も懐き、三人三様のまま日々を送り
大事なものが見え始め、大切な身内の匂いに包まれて、そろそろ五十の声もする今
俺はまた皆から離れていくんだなぁ、と、それでも、いっぱし幸せだったと、思っているうち地べたが迫った

〜通夜〜
仕事仲間が戸板に乗せた、年上男の硬くなり始めた体を運び込んで来たのを、女は静かに泣きながら見ていた
若い男のところに、知らせに行ってくださいと、やっと声が出たのは、通夜の支度が出来た頃
知らせを受けた若い男が、わけを話してお店から、戻って来たときには、通夜の客も去った静かな三人の家
年上男の魂の無い顔を見て、同じ魂の抜けた女の顔を見て、若い男は己がしっかりせねばならぬと心した

すっかり体も心も冷え切った女を寝かせ、静かになった部屋で静かな死人と二人になって
まだ残っていた徳利の酒を、二つの茶碗にそっと注いで、年上男にぼそぼそ話しかける
あんたはもうあっちに逝っちまったんだなぁ、こっちは俺が踏ん張るから、心安らかに往生してくれや
言ってるうちに、心が乱れて、涙と鼻汁がぽたぽた落ちる

酒も無くなった頃、押さえていた酔いが回って、若い男は初冬の夜の中にそっと出て、長い小便を土手に放つ
寒々した半月が、辺りを仄明るく照らし、三人の小さな家の輪郭を浮かび上がらせる
ふいに嗚咽が口から漏れ出し、兄貴ぃ兄貴ぃ、どうして逝っちまったんだよぉーと、虚しい声が出た
やがて大分、心が落ち着き、戻った家の寝屋の布団に、女が声無く座っているのが見えた

〜檜の柱〜
年上男を家のそばに葬って、墓の代わりに年上男が大事に取っていた、檜の柱を若い男が建てた
柱の表に男の名を書こうとして、知らないことに気が付いた
女も知らない、あたしゃあんたと呼んでたし、大工のお仲間は、兄いや、若棟梁、親方としか呼んでなかった
誰も知らない名前を書くのに、苦心して吾十の墓と墨で書いたのは、お店で字を覚えていた若い男だった

年上男が元気だったころ、酒を飲んで語っていたのは、人は五十年生きられるそうだ
俺ぁ、五十年よりもちっと生きて、あいつとお前がこの家を継いで、充分楽しく生きられるようにするんだ
そんなことを酔って言いながら、昔のお殿様が、人生は五十年、って言ってたんだぞ、と笑うのだった
五十前に死んでしまった年上男の名が、五十じゃ可笑しいと思うから、吾十にしたんだと女に語った

これで立派になったねぇ、と女は呟き、微かな笑みを若い男に投げかけた
そんな女を見て、若い男の心がざわめいてしまう
自分の望みをしっかり抑え込んだ若い男と、魂の半分しか残っていない女と二人、それから幾晩か過ぎ
やがて、今まで通り、若い男は九日はお店に出かけ、一夜だけ家に戻る暮らしがまた、始まった

〜二つの櫛〜
二人の暮らしが、幾つも季節を重ね、暑すぎた夏がやっと終わった頃
元気を取り戻せない女が、一度だけはしゃいだ夜があった
その夜は、若い男が帰って来た晩で、町で買って来たお酒も、たっぷり徳利に入っていた
あたしも今夜は頂くからと、出した茶碗を持つ手が白かった

とうとう二人が獣になれる夜になったのに
むしゃぶりついてくる若い男の相手をしながら、不意に女の心の中に体はあの男のもの、という
昔の自分の声が聞こえた、聞いてはならない声が聞こえてしまった
心乱れた女は急に、若い男の猛ったものに手を伸ばして、この手があんたのものなんだよ、と囁いた

それじゃ、俺はいつまでもこのまんまか、と、声音が沈んだ若い男に、女の中で乱れたものが蠢く
今夜はこうしてあげるから、と、布団の中にもぐり込み、男のものを口に含んだ
その有り様に若い男は、驚き、たじろぎ、心震わせ、女の技に高みに達した
それを三回繰り返し、乱れに乱れた夜が明けた

若い男が朝餉を食べて、町に出かけてしまってから、女は静かに自分の心の内を眺め直した
それから、いつものように洗濯をして、物干しの洗濯物の寂しさに気が付き
翌日から若い男が帰る日だけを、数える暮らしが始まった
そんなたまに二人が住む家を、朝日が雨が風が通り過ぎ、枯葉が家の外に溜まる頃、女は風邪を拗らせる

若い男がお店から帰ると、家の中がしんとしている
不安になった男が上に上がって、奥の襖を開けて覗くと、女は布団を被って震えている
額に掌をやると、火のように熱く火照っている
取りあえず水を絞った手ぬぐいを当て、離れた隣家に助けを求め、遠くの医者を呼んで来る

医者の薬が効いたのか、大人しく寝ている女の容体を気にしながら、朝を迎え、お店に出る刻
心配で声を掛けた若い男に、女は、あたしゃ大丈夫だから、お店に行っとくれよ、とか細く返事する
若い男は、こしらえた粥を女の枕元に置いて、俺は行って来るが、少しお暇をもらえるよう
お店の主人に頼むから、しばらく我慢して待っていてくれと、言い置いて家を出る

その夜遅く、若い男がようよう家に戻って来ると、心配していたような物静けさが家を包んでいた
胸は早鐘、足元乱しながら上がり込み、奥の間の襖を開けると、女は布団の上に座って唄を口ずさんでいた
ほっとして、今帰ったよと伝えるも、女は振り返りもせず、ただ、か細く歌を唄うのみ
不安が胸の奥から湧き上がり、男は女の肩を掴んで、揺すりながら、どうしたんだ、と問いかける

ふっと、女の正気が戻って、男の瞳を真直ぐ見据えて、お世話になりました、などと言いながら頭を下げる
なぜかぎょっとして、女の瞳を見返すと、その中に揺れる女の魂が、すぅーっと薄れていくのが見えた
どさっと突っ伏す女の体を掻き抱き、おーいお−い、どうしちまったんだぁーと呼びかけれども
もはや女の魂は抜け果てて、さながら波に揺れる笹舟のよう

そのまま夜が過ぎてゆき、朝のほの白さが部屋の中に忍び込む頃、女はこの世から旅立っていった
気が動転し、虚けのようになった男が、ようやっと周りを見廻せたとき、女の枕元に赤く色づくものと
黄金色に朝の光に輝くものが見えた
二つの櫛が、女の喜びや生きがい、暮らしの輝きを宿したまま、ぽつんと二つ、残されていた

〜紫陽花〜
女を、吾十の墓の隣りに葬り、年が明け、春が来るころ、女の好きだった紫陽花の、まだ小さな苗を植えた
それから若い男は決心して、お店の主人に暇乞いして、三人が住んでいた小さな家を守る暮らしを始めた
毎朝、女の墓のそばに植えた紫陽花の苗に水をやり、女が洗濯物を干していた庭に畑を作って
ちょっとの野菜を育て、大川に出かけて魚を釣り、ときおり傷んだ家の修理をしながら、二十年を過ごした

若かった男が、年上男と同じくらいの齢を重ねたある冬の朝、なんとなく死の迎えが来てくれたことが知れた
弱った足を引きずり、ずきんと刃が刺さるような、腰の痛みを押さえながら、土手を上って大川を眺める
ここにやって来たときと、ちっとも変わらない水の流れに、若かった男は、ほぅーっと息をつき
ぼんやり年上男と女と三人で、火花の変わり様を見つめていた、線香花火の夜に想いを寄せた

男が一人、大川の堤の上で、微笑んだまま死んでいたのを、久しぶりに小さな家を訪ねた隣家の者が見付け
村の皆んながやって来たのは、若かった男が土手を上った日から、三日が経った昼下がりのことだった
若かった男の弔いが済んで、昔住んでいた男と、どうやらその女房だった女と、その後も一人住んでいた男
その三人が、どんな縁だったのか、弔いに集まった人は皆、ひそひそ話したが、良い人だったで話は終わった

それからまた十何年の時が流れたある秋の日、大嵐が村を襲い、大川堤が大きく破れて
辺り一帯が大水に呑まれ、押し流され、村も人々も家も、全部がなんにも無くなって
三人が住んでいた家の名残も、三人の墓も全部が消え去って
それから何年か月日が過ぎた頃、なにか風情のある紫陽花の集落が、後世の人々の目を惹いていた
        〜終〜
posted by 熟超K at 18:17| Comment(0) | 時代小説

2020年11月23日

男女男の物語 転之編

午は、大根の糠漬けの細いのを選って、半分に切ったのを齧りながら
年上男の朝餉の余りを、飯団子にして二つ三つ口に放り込んで、それで終いにする
若い方の男は、今日まで八日間、お店で寝泊まりしているので、このところはこんな風だ
今夜は帰って来るから、きっと脂の乗った鰯でも持って帰って来るだろうと、それが楽しみで笑みがこぼれる

朝干しておいた洗濯物の、乾き具合を確かめに表に出た女の頬に、少し湿った風がふぅーっと当った
風は、家の横に立っている大きな楠の葉を揺らして、女にまとわりついてから、土手の方に渡っていった
見上げた空を、大きな雲が幾つも幾つも、どんどんどんどん流れて行ってる
お天気、悪くなりそうだから、仕舞っちゃおうかしら、と呟いて、うんと独り頷きして、物干しに向かう

〜嵐〜
おーい、おい、俺だ俺だ、と大きな声を出しながら、年上男が家に戻って来た
まだ七ツを過ぎたくらいで、今日は随分早いお帰りだね、と喜んだ声が出かけたのが、男の真顔に引っ込んだ
きっと今夜は大荒れだ、俺ぁ普請場で頑張らなきゃならねぇ、恐らくあいつもお店から帰らりゃあしめぇ
おめえは、一人でこの家を守らなきゃぁいけねぇ、どうだやれるか、ときっぱりした声で訊く

あい、と返事をしたものの、内心どうしたらいいのか、わからず突っ立つ女の肩を、強い男の手が掴む
いいか、この家は見かけはぼろだが、どうして、俺がしっかり手を入れてるから、大抵は大丈夫だ
ただ、家内に風を入れたらお終ぇなんだ、今から、雨戸を強くしとくから、おめえは中で辛抱してろ
それから、うんと風が強くなって危ねえ、となったら、家の真ん中の太柱に結わい紐廻して、しがみついてろ

あと、堤が破れて水が入ったら、梯子を家ん中に入れとくから、それで天井に上って、屋根をぶち破って出ろ
一刻したら普請場に戻らなきゃあいけねえから、おめえは飯焚いて、そいつぉみんな握り飯にしとくんだ
俺らぁ、そいつを持って普請場に行くからさ、そいつが俺がここに戻った理由(ワケ)にもなるってもんださ
男は土間に置いてある板切れと、玄能、釘、鎹なんか外に運んで、忙しくたんたんとんとん働きに働いた

あっちやこっちを、板打ち付け廻って、用意した握り飯から大きいの三つ女に戻し、今夜はこれで頑張れ
そう言い残して、握り飯の風呂敷首に結わい着け、男は雨もよいの風の中を、普請場に戻って行った
独りになってしまうと、風の音がひときわ強くなったのが身に沁み、女はちょっと心細くなったが
あたしがこの家、守らなきゃあいけないんだ、と声に出して心を強くし、やり残しは無いかと家内を見廻した

雨の音風の音、大楠の木がざわざわ鳴く音がずんずん増して、そのうちみしみしみしみし家鳴りもして来て
女は一本だけ点けた蠟燭の灯が、吹き込む風の流れに大きく揺れるのから、目が離せない
一つ食べ終えて、二つ残してある握り飯は、竹皮に包んでその上から、油紙でくるんで風呂敷で包んである
ぶわぁぁぁーっと、ひときわ大きく風が吹き付け、戸板が外れそうにぎしぎし震える

慌てて、男に言われていたように、板の長いのを持って、戸に駆け寄ろうとして、蠟燭を倒してしまう
しまった、と出た声は悲鳴のように甲高いものになっていた、灯が消え、暗闇になった部屋が揺れている
怖いのと、男に言われていたことが出来なそうなことで、女は気が変になりそうになっていたが
その時、男が常々言っていた、おめえだったらこの家の中は、眼ぇつぶったって歩けるだろうよ、という言葉

あたしだったら、真っ暗でもこの家の中はわかってる、とお念仏のように唱えると、不思議に戸の場所も
落としてしまった長い板も感じられ、真っ暗の、ごぉごぉ風と家が吠えてる中、男に言われてたことがやれた
そのまま板を押さえながら、そうかこれじゃぁ太柱んとこに行って、紐で体結わえるなんて、出来やしない
そう思ったら、男の言ってたことが出来ない自分が、なんだか可笑しくなって、くすくす笑いが出ていた

そうしてなん刻も経って、気が付くと静かになっている
女は、やっとほっと一息ついて、それでも、大嵐は吹き返しがあって、そいつにも気を付けなきゃいけねえ
と、お横が言っていた言葉を思い返し、気を抜かないよう、長板の端を押さえたまま、ついまどろんだ
はっと、正気が戻ったとき、ちゅんちゅん鳴く雀の声が、女の長い夜が過ぎたことを教えてくれた

あまりにしっかり支えていた板戸が開かなかったので、女は板間に上がって、油臭い握り飯を一人で食べ
水も汲んであったのを飲んで、やっと人心地した頃、板戸がどんどん叩かれて、聞きたかった男の声がした
外から力任せに引き開けられた戸の向こうに、真顔の心配顔の男の顔が見え、女は泣き笑いした
その夜、若い男も遅くなって帰って来て、町の方は下の堤が破れて、水が出て大変だったと聞かされた

〜二つの櫛〜
嵐の日からひと月ほど経ったある日、若い男がお店から帰って来て、にこにこしながら、女になにか渡した
なにこれ、と言いながら、紙包みを開けると、朱塗りに象嵌細工が施された女物の櫛が出て来た
あんたがこの家に来て、ちょうど一年だからさ、その記念だよ、と照れ笑いで若い男が呟いた
ありがとう、と嬉しい声でお礼を言うと、髪に差して、どう似合うかしらなどと、若やいだ声が出る

その夜、いつになく遅くに戻った年上の男が、今日はお大尽の別宅が完成して、その祝いで呑んじまった
と、上機嫌で家に上がると、ふらつく足で女にしがみついて、俺ぁもう寝るぜと言うと布団に入ってしまう
まだ夕餉も終わって、さほど経っていない女と若い男は、目と目で笑い合い、なにかに気付かないようにした
なんということもない世間話をしながら、笑って俯いた女の髪に、赤い櫛が艶めいて光った

翌朝、いつもの通り、お店に向けて早く出かけた若い男を見送った女に、寝床から起きた年上男が声を掛ける
昨夜は酔っ払っちまってすまなかった、そう言いながら、これ、と言って千代紙包みを差し出した
あらあら、と言いながら、開けてみると、とてもきれいな明るい黄色の鼈甲の櫛
それが高価なものであることは、女なら誰でも分かる品、嬉しい気持ちと遮る微かな気持ちが女の心を揺する

昨日は、おめえがこの家に来てくれた日だったなぁ、今まで良くやってくれてありがとよ、ぎこちない声
女の心を温かくしてくれる声と、男の心遣い、昨日もう少し早く渡してくれれば、と過ぎる想いもあったが
それでも嬉しくて、体が勝手に動いて、男の逞しい胸に顔を埋めてしまう
若い男が出かけてすぐに外した赤い櫛は、しばらく出さずにおかないと、と女の胸の奥で誰かが囁いた

〜風〜
冬晴れで、気持のよい昼、女は洗濯物を取り込みながら、青い空に刷毛で掃いたような雲を眺めて目を細める
風はそれでも冷たかったが、陽射しがぽかぽかとして、風に当らなければ春のようだった
子どもの頃、妹と弟を連れて、畑で働いていたかあちゃんのところに行くと、手を振ってくれる母の笑顔が
ふんわり思い出に浮かぶような、懐かしくて好きな空だった

ちょっとぼぅっとしてしまって、手が止まってたら、不意に風が強く吹いて、男の着物が大きくはためいた
慌てて押さえた手をかすめて、年上男の下帯が、風に乗ってふわぁーーっと飛んで、大楠の木の枝にかかった
なんだかそれが可笑しくて、笑いながら追いかけて、竹竿でからめ落として、洗い直さなくても平気と笑えた
そんな女と洗濯物のある地上を、時折り強い北風がくるくる回った

年上男は新しい普請場で、棟梁の代理として気張る日々を送っていた
その日は、まだ木組みの屋根に上って、普請場全体の仕事の進み具合を確かめていた
親方ぁーっと、若い者が上に向かって呼ばわっている、俺が親方か、と胸の奥がむず痒くなる
なんだぁーっと、声を返すと、若い者が、この材木使っちゃっていいんですかねぇーと言っている

その木は床柱に使うやつだから、そっちじゃねぇ、それでもねぇんだよ、と苛つく男
強い風が吹いて来て、思わず屋根の木組みにしがみ付く、危ねえ危ねえと独り言が口をついて出る
風をやり過ごして、下を見ると、若い者が間違った材木にノミを使おうとしていた
駄目だ駄目だ、そいつじゃあねえーっと、叫んで、手を大きく横に振る
それに気が付いた兄貴分が、若い者の手を慌てて止めに行った

どうにか、間に合って、若い者が頭をかいてぺこぺこしているのを見届け、ほっとしたその時
ひときわ大きく風が吹いて、棟木に乗っていた足が滑った
しまった、と思った瞬間、男は風にすくわれて、大きく宙を舞った
風に吹かれて目をつぶった若い者と兄貴分の、どちらもその瞬間を見逃してしまった
posted by 熟超K at 15:58| Comment(0) | 時代小説

2020年11月14日

男女男の物語 承之編

〜筋交い棒〜
女が一緒に暮らし始めると、朽ちかけていたあばら家に生命が灯り
埃が払われ、破れ障子が余り紙で塞がれ、寝ていたぼろ布団も陽に干されて、どうにか家らしくなってくる
そうなれば大工見習いでも、手に職のある年上男の目にも直せば良くなる所が見えてくる
大工の棟梁に、手間賃の一部を余った材木や板、釘や鎹でもらえないかと頼み込んだ

休みの日には屋根を直し、思ったよりしっかりしていた柱の間に筋交いを施し、外壁に板を張り増した
雨の日は、内壁にも板を張り足し、雨風が吹き込まないように工夫し、女の為に押入れなどを拵えた
若い男の方も、日に日に良くなる住まいの様子に、お店で頂く給金から鏡台を、鍋釜を、箸や茶碗を整え
町で商われている魚や野菜や米を持って帰った

若い男は、口入屋の紹介する小間物屋や古着屋の仕事にせっせと励んで、客の女衆の評判が良く、店の主人や番頭に頼りにされた
そうやって得た給金で、月に三晩の暇をもらって三人の家に帰り、土産の一升徳利で、楽しい夕餉を飾るのが大の楽しみであった

〜花見〜
ある春の雨の日、大工の仕事が休みだった年上男が仕事道具の手入れをし、女がお苦土の灰を掻き出していると、お店の主人の家で慶事があって、早じまいになった若い男がひょっこり家に帰って来た
雨はどうだ、と訊ねる年上男に、そろそろ上がりそうな塩梅ですよと、若い男が返事して、これ土産ですと宴の料理を折りに詰めたものを出し、これから皆で花見しませんか、と誘う

いいなぁそいつぁ豪儀だ、と年上男が弾んだ声を出し、女も華やいでうふふと笑う
三人で土手に上ると、雨は止んでいたものの、土手の草草で皆足元が濡れ、それが可笑しいと三人で笑う
大川の向こう岸に、迫る夕闇にくっきり白く浮かぶ桜の木が三本、春の盛りを見せつけている
少しだけ残っていた徳利の酒を、大事に大事に三つの茶碗に分けて、ゆっくり味わう花見酒に微かに酔う三人

〜蛍・紫陽花〜
やがてめっきり暖かくなった夜、夕餉の酒盛りの後、いつもはそんなに酔わない若い男は酔いつぶれ、それが夜中に喉の渇きでふと目覚めると、男と女の押し殺した睦声が漏れ聞こえて来た
その声の意味は、さほど経験の無い若い男にもはっきり分かり、そのまま辛抱していたが、ついに堪らず、厠に行かなぁなどと、もごもご言いながら家の外に出た

夜が白むのを待ちかねて、若い男は町に戻るべくそっと起きると、女はもう起きていて、握り飯を用意してくれていたのだった
若い男が町に出かけたのを確かめて、年上の男が寝床から起き出て来ると、女は笑顔でおはよう、と言った
男は無精ひげの顎を、ぽりぽり掻きながら、まいったなあ、とぼそり、女の用意した朝餉に向かう

それから九日、若い男が家に帰ると、女が笑顔でお帰り、と言い、年上男は壁に棚を作っていた手も休めず、おお、とだけ言った
その夜、寝静まってから、また年上男と女がもぞりと動き始め、若い男はまた、厠に行かなぁ、と言い残して大川土手に上り、真っ黒い川に向かって溜めていたものを放つと、驚いたのか蛍がふわっと光って宙に消えた

翌朝、また早い時刻若い男が起きると、握り飯が用意されていて、それを持って町に戻り、九日が経つ
晩飯を三人で食べて、夜がとっぷり暮れる
寝ていた若い男に吐息がかかり、熱くて柔らかい女の手が堅くなっているものをそっと包み込む
驚いて声も出せないうちに、柔らかく滑やかな女の手が動いて、若い男の情も欲も猛りも解きほぐす

そんな夜が明け、若い男が目を覚ますと、土間の竈の鍋から味噌汁の香りが漂っている
男と女と男の三人で、朝餉を囲んで、それから若い男は町に、年上の男は大工の仕事、女は洗い物を
若い男がお店で若やいだ女房衆や、佳い家の娘たちを相手にしている頃、年上の男はお大尽の別宅の建築場で、すっかり任せられている家造作の取り仕切り小頭として、見習い大工たちを指図して日を過ごす

新築工事が佳境を迎え、年上男は普請の現場に何日も居続け、家に戻れぬ日を送っていた
若い男がお店から戻って、女と二人で夕餉を終えると、なんにも言えない夜が深まる
押さえられない自分を押さえて、女に寝ようかと言うと、あんた先にお休み、わたしは繕い物があるからと女は返し、それでも抱き寄せて来る若い力に、わたしの身体はあの人のもの、この手と指があんたのものなの

たじろぐ若い男に女の手が伸び、三人の家を守ろうと、男も女も心を押さえ身を押し殺し、泡沫の夜を喘ぐ
押さえ切った欲の夜が明け、心開いて迎えた朝の、明けた板戸の向こうに見える、青い大きな紫陽花を見て
わたしはあの花が好きなんだと、女がぽつりと言うのを聞いて、きれいな花だよなあ、と男がうなづく
じゃあ行ってくるぜと、若い男が出て行った後、女は洗い上げもせず、外の紫陽花を見続けていた

〜線香花火〜
夏の暑い盛りがようやく体に馴染んで、夕刻に少し秋の気配を纏う風が吹くころ、年上男が棟梁から分けてもらった土産を持って帰って来た
珍しく、早いうちに帰っていた若い男が、なんだいそりゃ、と浮かれた声を掛け、女が夕餉の支度の手を止め、なんですよ、と言うと、年上男が、こりゃ線香花火ってもんだ、と答える

夕餉が済むと、年上男が、俺らの花火大会をやるぜ、と皆を誘う
そう言えば大川の花火も今頃だねぇ、と女が若やいだ声を上げ、若い男が、そりゃ豪儀だぜ、と盛り上げる
三人で土手に上り、女が用意した蠟燭灯を囲み、各々線香花火を手にして一斉に火を移す
こりゃあ静かにやる花火だってぇことだ、静かに持つんだぞ、と年上男が心得を話す間もなく、炎が強くなる

最初のうち、あたしゃ初めてなんだよ、花火なんてやるってのは、熱いんじゃないかい、などと言っていた女は、赤く固まった丸いところから、ちゃっちゃっ、と火花が吹き出し始めると、黙って強く眺めた
若い男は、少し遅れて火花を吹き出し始めた己が火玉に震えが伝わらぬよう、必死に花火の紙を宙に留める
年上の男は、そんな二人を満足げに見ているうちに、あっけなく火玉を落としてしまい、ははっと笑う

一番最後に、女の持つ火玉が、本当に弱弱しく小さな火を飛ばしながら、すぅっと闇に吸い込まれ、三人の花火大会が幕を閉じた
さあ、おしめえだ、と年上男が言って立ち上がると、女がため息ひとつため息ついて、だね…、と応える
それでも若い男はなんにも言わず、その場にしゃがみ込んだまま、薄くなった花火の名残を闇に探した
posted by 熟超K at 15:59| Comment(0) | 時代小説