2025年04月23日

第1時限は臨時クラス会(4)

大体爆発の音と言ってもシャンパンのコルク栓を抜いたときほどの音でしたから
特に耳の良い生徒やそういった敏感な生徒の動きに敏感な物見高い生徒にしか分からなかったのです

「どこかの教室でお祝いでもしてるのかな」ザッカード先生が皆の反応が見たくてぽつりと呟いた

「あれはイオの効力をスモバリアで相殺する複合魔法の実験ではないかと思います」副級長のナナーシャが落ち着いた声で意見を述べ何人かが軽く肯定の頷きを見せる

トリクルは窓を覆っていた大黒兜蜂がガラスを割ろうとして一点集中体当たりをしようとしていたことを思いその魔法式をノートの端っこに黒鉛棒で書いてすぐ慌てて消しパンできれいに消した

全部で20席ある最上級クラスでは生徒それぞれが将来自分が進みそうなコースに基づいて席は毎時限自由に決められるようになっている

それでもいつも窓際後ろから2番目に席を決めているトリクルはほとんどクラスの誰とも話さないのでぽつんと自由を味わえていた

ズルラは双子のガジュー姉弟の姉だが明るい性格の弟ズズルとは正反対の物静かな佇まいで心の静けさを保つのを常としていたがたまたま斜め後方からトリクルのしていたことを眺めて興味心が起こるのを感じた

ちなみにガジュー一族の居城があるアイゼンプトン地方では家の名−個人の名の順で呼ぶので級友や先生たちはなかなか慣れなかった

ズルラの専攻科目魔力補助霊使いは自分の感覚の及ぶ範囲の味方魔法使いの魔法の効果を増強させる役目なので常日頃から周囲の人間のやっていること考えていることの観察は怠ることがないのだ

それに個人的に変わり者ではあるが見た目も発言も秀逸な所のあるトリクルには惹かれるものがあるのも事実なのだ

そんな訳で本当に一瞬トリクルの授業ノートに書かれてすぐ消された魔法式は極自然に記憶できた

自分のノートに書き写した魔法式を眺めてズルラはそれがなにを目指して構築されたものかさっぱり分からなかった

どうも呪文の複合効果を狙っているようにも見えるがその狙いが全くわからない

トリクルがさらさらっとノートに書き込んだところから見ていたので一体なにが彼の黒鉛棒を持つ手に作用したのか記憶を遡ってもそのきっかけも分からない

確か彼は窓の外を眺めていたがそれとていつものことで空に何か浮かんでいたとも思えない
ふっと気配を感じて自分の席近くにいる人物の視線がそれだと知ったとき

「ガジューズルラその魔法式はなんだね」やだわっザッカード先生がわたしのノートを見てる!
posted by 熟超K at 15:42| Comment(0) | 時代小説

2023年09月30日

お登勢のお話休止のご案内

江戸ものに心惹かれ
ふと頭に浮かんだ女主人公の「お登勢」でしたが

つい最近、同名の小説もドラマもあることを知りました
主人公の名を決める際、いつもネット検索しているのですが、今回はついつい(お恥ずかしい)

幸か不幸か、特に話題にもならない(私の)短編小説でしたので
大過なかったものの、分かった以上はこれにてフェイドアウトとさせて頂きます

さあこれから、でしたが主人公名を変えて続けるほどでもないので
作者一人の脳内記憶とし、後は夢の中ででも楽しむ積りです

さらばでござんす、江戸のお登勢の物語り〜
posted by 熟超K at 15:50| Comment(0) | 時代小説

2023年07月30日

お登勢 その弐拾四 翌(アス)は秋

奥庭に水を撒き終わって八畳間の麻の座布団に斜に座ってふっと息をつく
今年の夏の暑さもまだまだ終わりが見えないわね

ちょっと手を抜くと生い茂る夏草もあらかたむしり取り
朝顔の根元に水をやり終えて一息つくとふわっと涼風が通り抜けてお登勢は満足した

この後、盥に水を張って汗落としの洗濯をしてと段取りをぼんやり考えていると
それとは縁の無い想いがお登勢の胸に忍び込む

与平はこのところますます商売が忙しくなり月に三度が二度になり
いつの間にか夕餉の用意も独り分で済ますことが多くなっていた

夏場は特に残した菜も傷み易いから特に月中から晦日は用意しなくてよいからと
与平が言ってからお登勢も得心して日々の菜の買い物もそれに合わせている

そうなるとますます暇ができるので空いた刻には昔務めていた小料理屋の
台所手伝いをして重宝がられていた

そんなことで家を空けていても与平もご近所も誰も気に留めない日々のうち
たまに八丁堀の大旦那からのお誘いがあれば出かけることもある中で

一昨年の大飢饉と流行病で亡くなった人々の御霊を慰めるとして
昨年から始まった大川川開きの花火見物が人々の人気を集め

今年は去年に倍する規模でつい一昨日催され紀伊國屋の大旦那が貸切った桟敷に
よろしかったらどうぞお越しをと使いが来たので気軽に出かけた花火見物

その席で文衛門に思いがけず言い寄られ
なにかにつけ与平との男の違いを見せられていたお登勢は我ながら驚くような応じ方をした

なにかにつけやって欲しいことを先回りして心遣いを見せる与平とは違い
お前がしたいようにすればよいと言う風な鷹揚な応対をする文衛門の大きさを感じさせる扱いに

どちらがどうということでもなく
新しい男と女の心と体の交流の心地よさにお登勢は安心して身を委ねることに躊躇はなかった

与平さんに申し訳ないと言い聞かせる自分はうっすらと遠のき
先行きにあやふやなものを感じていた昨今の暮らしがこのことをきっかけに開ける気がしたことも事実

ほっと気が付き見回す八畳の座敷の寝れ縁に赤い蜻蛉がふわりと停まる
もうすぐ秋が来るんだわとお登勢は独り言を漏らす
posted by 熟超K at 14:50| Comment(0) | 時代小説

2023年05月27日

木の精に出会ったワタシ

IMG_9907木精少.jpg

そうです
公園を散歩していたら
確かに居たんです
見てすぐわかりました

木の精がこちらを睨んでいたんです
びっくりしたワタシは
それでもスマホでなんとか1枚だけ写真を撮って
後はただ逃げるだけで精一杯でした

この写真が証拠です
“気のせい”じゃありません
居たんです確かに
がく〜(落胆した顔)
posted by 熟超K at 21:06| Comment(0) | 時代小説

2023年05月19日

お登勢 その弐拾参 皐月 風光る

雨戸をがらがらっと勢いよく開けると朝の光が八畳の部屋に流れ込む
お登勢は雨戸の開け閉めをするのが好きだった
昔住んでいた長屋には雨戸なんてなく障子の戸が外と内を分けているだけだった
小料理屋では女衆は奥の一間に二人で寝起きしていて明り取りの小さな格子窓があっただけ
店の雨戸は男衆が開け閉めの当番を務めていた

今のしもた屋に引越して来たら八畳の間の障子戸の外側に雨戸の通る溝があって
最初に与平がこの家に泊まるとき雨戸を戸袋から出して戸締りをしてくれ
翌朝には雨戸をまた戸袋に仕舞って見せ
こうやるんだよと教えてくれたとき
お登勢は自分の住まうこの家が与平がいないときにも護られているんだと心が温かくなったものだ

その感覚は今朝もあるのだが幾分変わっている気もする
前月の昼下がりに迎えに来た清瀬という上品な女に連れられて
八丁堀にある江戸で評判の紀伊国文衛門の瀟洒な屋敷で見聞きしたこと全てに
気配りの行き届いたもてなしと男女を意識させない闊達な話しぶりに
与平の素朴な心遣いとはまた違う大きな男の生き様に心の奥が活気を帯びたのは真であった

今開け放った奥庭の新緑の柿の葉を揺すって陽の光を帯びた風が頬を撫で
雨戸が守っているものの本当の値打ちを青空に向けて解き放てたことが
お登勢に膨らむ気持ちの理由を教えてくれているようだ

posted by 熟超K at 22:57| Comment(0) | 時代小説