雨戸をがらがらっと勢いよく開けると朝の光が八畳の部屋に流れ込む
お登勢は雨戸の開け閉めをするのが好きだった
昔住んでいた長屋には雨戸なんてなく障子の戸が外と内を分けているだけだった
小料理屋では女衆は奥の一間に二人で寝起きしていて明り取りの小さな格子窓があっただけ
店の雨戸は男衆が開け閉めの当番を務めていた
今のしもた屋に引越して来たら八畳の間の障子戸の外側に雨戸の通る溝があって
最初に与平がこの家に泊まるとき雨戸を戸袋から出して戸締りをしてくれ
翌朝には雨戸をまた戸袋に仕舞って見せ
こうやるんだよと教えてくれたとき
お登勢は自分の住まうこの家が与平がいないときにも護られているんだと心が温かくなったものだ
その感覚は今朝もあるのだが幾分変わっている気もする
前月の昼下がりに迎えに来た清瀬という上品な女に連れられて
八丁堀にある江戸で評判の紀伊国文衛門の瀟洒な屋敷で見聞きしたこと全てに
気配りの行き届いたもてなしと男女を意識させない闊達な話しぶりに
与平の素朴な心遣いとはまた違う大きな男の生き様に心の奥が活気を帯びたのは真であった
今開け放った奥庭の新緑の柿の葉を揺すって陽の光を帯びた風が頬を撫で
雨戸が守っているものの本当の値打ちを青空に向けて解き放てたことが
お登勢に膨らむ気持ちの理由を教えてくれているようだ
2023年05月19日
お登勢 その弐拾参 皐月 風光る
posted by 熟超K at 22:57| Comment(0)
| 時代小説
この記事へのコメント
コメントを書く