2021年12月31日

お登勢 その六 大晦日

明日は正月というのに、しんとした四畳半の部屋で一人火鉢の火に手をかざしながら
お登勢の心は冷え込んでいた
師走ともなれば与平のお店の商売も大忙しで
今月はまだ二日、それも泊りもせず顔を出したかと思うとじきにそわそわして
本宅に帰ってしまう与平だった

十三日にはこの家もしっかり煤払いして
正月支度のあれやこれやも知っている限りはやり尽くしたつもりではあったが
肝心の与平がとんと顔を出さない
いや出せないのだよと言ってはいたが
それほど商売繁盛で結構じゃあありませんかと皮肉を言った積りが真顔でありがとうと礼を言われる始末

どうにも心がむしゃくしゃ揉めて
与平が置いて行った年越しのおあしを持って
近場の歳の市でしめ縄の買い物ついでに羽子板市を見物に出かけたりもした
いっそ浅草寺にまで足を延ばせばなんでもありそうだが
さすがにそこで散財してしまうほどの度胸もありはしなかった

今日も今日とて行く先決め図の町歩き
大通りに面したお店の店先には葉を茂らせた背高の門松が立てられ
お神酒徳利の口飾りを売り歩く行商人や古いお札を集めて歩く札納めも出ていて
暮れの賑わいがお登勢の心を幾分かは紛らわせてくれた

それでも家に戻れば自分一人きり
掛取りに追われることはなくなったものの
世間の誰にも声も掛けられない自分という者がとても小さく侘しく感じる年の瀬だった
与平からもらった金で賃餅も用意できたし
もし三が日に与平が来てくれたら食べてもらう節も酒も整っている

遠くの表通りで節季候(セキゾロ)の練り歩く音が聞こえている
ふっと年越し蕎麦でも食べてやろと思い立ち火鉢の炭に灰を被せ
家の戸締りをして再び町に出て行くお登勢
明日になれば正月が来る

posted by 熟超K at 21:59| Comment(0) | 時代小説
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