2021年10月05日

お登勢 その弐 柿の実

風が吹き込んで障子がかたかた鳴った
この間まで暑くて団扇で送る風じゃあ足りなかったというのに
もうじきやってくる木枯らしを思い出して、お登勢は首をすくめた

この三日というもの与平は家にやって来ない
やって来ないから二度の食事は粗末なものになっている
掃除とわずかばかりの洗い物をしてしまうとお登勢はやることがなくなってしまう
なんにもすることがないとお登勢は座敷の奥の方に座って細めに開けた障子の隙間から
僅かばかりの広さの庭を眺めて過ごす

小料理屋で働いていた頃は毎日が忙しくて寝るのだけが楽しみだったが
今は与平がなんにもしなくていいよと言うのでこっちに来ない日はなんにもしていない
前の住み主がご隠居だったらしくて
小ぶりの庭はそれなりに体裁が整っている
と言ってもお登勢にはその良さなんかわかりはせず
ただほ〜っとして見ていられる

一本だけある庭木は柿の木で三つ実が着いている
あれは食べられるんでしょうかと与平に尋ねたことがあるが
そうさなどうだろう渋じゃないのかな甘だったら二人で食べようと話したのが三日前
たった三日で柿の実は随分赤くなってきていて
お登勢は実が落ちてしないかと毎朝毎夕必ず様子を見ている

今夜こそ与平がやって来て二人睦まじく夕餉を頂くのが今のお登勢のただひとつの望み
柿の実は食事が済んで与平が少し酔った頃を見計らって出せばいいか
それとも夕餉の前に切って出そうか
そんなせん無いことばかりぐるぐる頭に浮かんできている
暗くなっても採れるように目見当を付けているが本当に陽が落ちてからでは見つかるか
とうとうお登勢は庭に出て物干し竿で柿の枝をたぐるとした

大きな実がひとつ中ぶりなのをひとつ一番小さな実は枝に残して一仕事終える
つやつやした赤い柿の実を袖で丁寧に磨いて薄茶の平皿に載せ
ゆっくり眺めて甘いか渋いか考える
それもこれも与平が今夜こそやって来るかの大博打
まだ早かったかしら今夜も来れないのかしらと考えているうちに涙が溢れてきた

がたっと音がして玄関の戸が開く音が続く
与平らしい下駄の音にお登勢の中から弾んだ声がほとばしり
帰ったよ、と優しい声が返って来る
台所に立って夕餉の支度を急ぐお登勢の背中にいい柿じゃないかと与平の声が被さって来る

posted by 熟超K at 11:53| Comment(0) | 時代小説
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