2022年10月11日

お登勢 その拾六 針仕事


小さな庭の柿の木に留まったヒヨドリが鳴いている

痛っ
指先にぷつっと赤い球が浮いてきた

お登勢は針仕事が苦手だ
物心がつく頃にはもうおとっあんは居ず貧しい暮らしで
娘に針仕事を教える余裕のなかったおっかさんがごめんねと小さく言っていた

随分寒くなってもなかなか綿入れが用意できず
寒くていつも鼻水が垂れていた小さいお登勢

夏の単衣をどうにか工夫して袷にすることまでは出来たが
冬に備える綿入れが難しかった

だからいつも
お登勢の子ども時分の思い出は寒さをしのいで春を待っていた記憶ばかり

それが今はこうして
与平の着る半纏に綿を入れるための針仕事ができる

だからあたしは家のことで苦手なんて言ってちゃいけないんだよねと
針を髪に滑らせながらお登勢は心の中のおっかさんに話しかける
posted by 熟超K at 16:45| Comment(0) | 時代小説