2022年07月05日

お登勢 その拾弐 蛇の目傘

雨音が強くなってきた
入梅からもう廿日は経っているのに

たまに晴れ間があってもまだまだ雨降りが多い
綺麗好きな与平のために拭き掃除はよくしているけれど

畳も板の間も壁も皆じめっとして
どうにも気持ちが悪いからお登勢はこの梅雨という季節が大嫌いだ

今日だって寝起きの身体は汗ばんでいるし
湯屋に行ったって帰りが雨だったら浴衣も濡れる足元も汚れちまう

おまけにこれからどうしても使いに出かけなければならない自分がうらめしかった
それでも昔に比べれば与平が渡してくれるお足でいろいろ買い整えてあるから

足駄を履いて番傘を差して浴衣を羽織ればそんなに濡れずに済むはず
なんとか気を取り直して出支度して外に出る

ざぁーっと降っててばらばらばらばらっと番傘を叩く雨粒
家の中で思っていたより風も強い

それでもどうにか気を取り直し番傘を強く握って雨が顔に当らぬよう前に倒して
ぬかるんだ道を足元を気にしながらせっせと歩く

行先はお登勢の住んでいるあの家を与平に譲ってくれたご隠居さんの住む長屋
足りない分をいいよと言って与平に譲ってくれたお年寄りが亡くなるまで看る約束のお金

こればっかりは忘れる訳にはいかないけど用事がと言う与平に今回はあたしが行かせて頂きますと
自ら買って出たお役目だから雨が降っても槍が降っても今日行く理由

訪ねた先で不自由しているご隠居さんの暮らしを見かね
あれやこれやをやっていたら思いがけず夜になり

すまないねと繰り返し礼を言うお年寄りを優しく寝かせ
急いで戻ってくると思いがけず我家に灯が見え

玄関を入ると立てかけられた蛇の目傘が雫を垂らしている
与平さんとかけた声にご苦労さんと返る嬉しい声

今日はご苦労だったねと優しい労いに
一度に晴れたお登勢の気持ち

これからは重い番傘の代りに私の持ってきた蛇の目傘をお使いなさい
そんな気遣いに弾む気持ちで遅い夕餉の支度を始めるお登勢の幸せ
posted by 熟超K at 15:29| Comment(0) | 小説