2022年11月27日

忘れてないよね…

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黄昏どきは寂しそう…って昔、誰かが唄ってたな
ちっちゃい自転車くん、もうじき君を連れに戻って来るさ
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posted by 熟超K at 13:57| Comment(0) | 写真のつぶやき

2022年11月06日

お登勢 その壱七 夕焼け

どきっとするような夕焼けの紅が障子を染めている
洗濯物を仕舞い込むときには青空を長い雲が幾条も渡っていたけど
こうして障子を開けて眺めるとずっと太い雲になっていてそれが紅い炎のよう

昨日までの十月は神無月と言うんだぞって
日の本中の神様が出雲の国に出掛けちまってお留守なんだって
与平さんが話してくれたけど

どちみち神様とか仏様がいらしたって
あたしは死ぬまで出会うことなんてないんだろうねって言ったら
そりゃそうだって笑ってた

神社やお寺さんにお参りすれば逢えるんだよって言ってたおとしさんも
そんなに本気で信じちゃいないんだけどねって真顔で言ってた

与平さんのお使いでときどき訪ねるようになった長屋のご隠居さんも
神様や仏様はお宮さんやお寺さんのためにだけ働いてるんだってこぼしてた

それでもこんなにお空が紅く染まってお庭の小さい紅葉も赤くなるのを見ると
神様とかが大火のことを皆忘れないように戒めてるんじゃないかって思う

そう言えば今日からはいよいよ霜月だわ
芝居の顔見世の話を八百屋のお松さんが話してたけど
お芝居見物なんて行ける人がうらやましいわよってあたしもおんなじ気持ち

そんなこと考えてたらもう障子は暗くなってる
夜が早くなったなあ

posted by 熟超K at 00:24| Comment(0) | 時代小説

2022年10月11日

お登勢 その拾六 針仕事


小さな庭の柿の木に留まったヒヨドリが鳴いている

痛っ
指先にぷつっと赤い球が浮いてきた

お登勢は針仕事が苦手だ
物心がつく頃にはもうおとっあんは居ず貧しい暮らしで
娘に針仕事を教える余裕のなかったおっかさんがごめんねと小さく言っていた

随分寒くなってもなかなか綿入れが用意できず
寒くていつも鼻水が垂れていた小さいお登勢

夏の単衣をどうにか工夫して袷にすることまでは出来たが
冬に備える綿入れが難しかった

だからいつも
お登勢の子ども時分の思い出は寒さをしのいで春を待っていた記憶ばかり

それが今はこうして
与平の着る半纏に綿を入れるための針仕事ができる

だからあたしは家のことで苦手なんて言ってちゃいけないんだよねと
針を髪に滑らせながらお登勢は心の中のおっかさんに話しかける
posted by 熟超K at 16:45| Comment(0) | 時代小説

2022年09月17日

お登勢 その拾伍 つくつく法師

いつの間にか暑さが和らいでいる
洗濯物をひるがえして風が少し涼しさを運んでくれる

遠くでオーシーツクツク…とつくつく法師が鳴いている
あれは惜しいつくづく惜しい、って夏を惜しがってるんだよと言ったのはおとしさん

美味しいつくづく美味しい、って鳴いてるのさと言っていたのは
せんにお世話になっていた小料理屋の清吉親方だ

遠くの声に鳴き返すように近くの木の方でまた鳴き始めた
恋しいつくづく恋しいって、聴こえるわねとお登勢の胸のお登勢が呟く

でもひとしきり鳴き続けてから付足すように鳴く
オイヨース オイヨース オイヨース… ジーっていうのはなんなのかしら

おとしさんも清吉親方もそこはなんて鳴いてるのかわからないみたいで
あたしもなんて鳴いてるのかどおしてもわからない

でも一生懸命に鳴いて気持ちを伝えたいんだろ
子供だった頃同じ長屋の権ちゃんが捕まえて来たつくつく法師を見たけど

真夏のミンミン蝉より小さくてよくあんなに大きな声で鳴けるもんだって思ったっけ
まだ遠くで鳴いてた声が止った…

与平さんの着物ももうすぐ秋ものになるんだろな
あたしが選んだんじゃない秋の着物に…
posted by 熟超K at 11:21| Comment(0) | 時代小説

2022年08月21日

お登勢 その拾四 西瓜

去年もこんなに暑かったかしらねぇ
八百屋の店先で久しぶりに出会ったお登志がため息交じりにぼやきを吐いた

今年は三代さま以来の暑さだって言いますよ
こんなどうでもいいような世間話でも話す相手がいることが嬉しいお登勢

あら西瓜があるわね
そうねと答えたもののお登勢が食べたことがあるのは小料理屋に奉公していたときに
お客のお下がりの四角く切った小さなのが二度ほどあるだけ

おとしさんが言ってる西瓜がどれなのかわからない
あたしゃ暑気払いならところてんの方が好きなんだけどねとお登志

店先で話し込んでる女二人に気が付いて八百屋のおかみさんが声をかける
おいしいよ中はしっかり赤くって水気たっぷりで甘みもあるよ井戸で冷やしてやったら亭主が喜ぶよ

八百屋のおかみさんが手に取ったものを見ると黒い皮にもっと黒い縞模様のある丸い大きな瓜
これが西瓜かと見とれているとほらよとお登勢の手に渡す

おっと重いわと驚くと重いだろ実がしっかり入ってるからねとおかみさん
そうだねほらこうして実をぽんぽん叩くといい音がするんだこりゃ実が入ってるわねとお登志

なんだかわからないうちにその西瓜を買うことになりこんなお買物ができる嬉しさに財布の紐も緩む
重いのを汗かきながら家に運んで庭の隅にある井戸に縄で括って投げ込んでおく

日が暮れる頃与平がやって来る
見ると重い西瓜を下げている

あらあら西瓜冷やしてあるのよとお登勢が言うと
そうかそりゃ気が利いてるなお前と食べたくって買ってきた西瓜が

もう冷えて待ってるなんてこりゃ豪儀だ
こいつは明日にでも長屋のご隠居さんに届けておくれとにっこり笑う与平の優しさ
posted by 熟超K at 21:39| Comment(0) | 時代小説

2022年07月28日

お登勢 その拾参 蚊帳の広さ

あ、蚊に刺された
ぴしゃっと叩いた左の手の甲がぷつっと紅くなっている

蚊やりを焚かなくっちゃあ、とお登勢の独り言
そこへがらがらっと威勢よく玄関の引き戸が開く音

まだ陽もあるのに与平が笑顔で入って来た
お登勢は部屋が片付いてないやら嬉しいやらでどぎまぎしながらも笑顔になる

お登勢、蚊帳を買ってきましたよ
勢い込んで話す与平の額に汗の粒が吹き出し流れている

蚊やりなんか煙いだけでちっとも効きゃあしないから
今夜からこれに入れば蚊知らずでぐっすり寝られるってもんだよ

与平が持ってきた風呂敷を広げると
今、江戸で流行の緑に染められた麻の蚊帳が出て来た

子どもの時分のどぶ板長屋じゃもちろん
小料理屋の女中部屋でも蚊帳なんてお目にかかったことが無かったから

お登勢はなんだかとっても嬉しくって
自分が相好を崩して笑っているのは分かっていても

どうにも笑顔が止らない
与平が八畳の部屋の八方に鍵になった釘をとんとんやっているのを飽きずに眺めている

やがて部屋の四隅とその間の計八箇所に打たれた鍵釘に
蚊帳から出ている紐の先に付いている真鍮の輪を引っ掛けていくと

八畳間の真中に緑色の四角な小部屋が現れた
こうして裾を持ってふくっておいてさっと入るんだよと教えながら与平が入る

そのまねをしてお登勢も中に入ると辺りは緑色に染まり
先に入っていた与平と正真正銘の二人っ切りの世界にお登勢は居る

嬉しさが溢れ出して思わず涙が出たお登勢に与平が
さあ一度本宅に戻ってまた今夜来るから中に布団も敷いておいておくれと言う

なんだこのままこっちに居るのじゃないのかとふっと思いはしたけれど
そんな贅沢言っちゃあ神様に叱られると思い直して笑顔を戻す

お夕飯は用意しとけばいいのねと尋ねれば
あっちで食べて来るからお前は先に済ませて構わないよと言う

与平があちらに戻ってしばらくはなにも出来ずに半刻も過ぎ
やっと四畳半の部屋を片付け焼いた目刺しとお香こで夕餉を済ませ

とっぷり暮れた夜の座敷に
緑色して浮かんでいる四角な世界をしばらく眺め

とにかく敷いた布団を中に引き入れ終えて
まだ来ぬ与平を想いつつ布団に横になると蚊帳の広さが心に染みる
posted by 熟超K at 16:55| Comment(0) | 時代小説